ベクトル空間

ベクトル空間

 これまでの話を整理すると同時に、もう少し高い視点で線型代数を眺めるために、今回と次回は「ベクトル空間」と「線型写像」という抽象的な概念を解説します。この手の話は知らなくても数値計算で困ることはありませんが、知っておいたほうが「線型代数」の全体像を把握しやすくなると思うので、できれば一読しておいてください。
 

ベクトル空間

ベクトル空間の定義

 実数成分をもつ 2 次元ベクトルの集合を $\mathbb{R}^2$ と記述します ($\mathbb{R}$ は Real Number の頭文字です)。集合 $\mathbb{R}^2$ には 2 次元空間(つまり平面上)のあらゆるベクトルが含まれます。

 $\mathbb{R}^2$ から任意の 2 本のベクトル $\boldsymbol{u},\ \boldsymbol{v}$ を選んで線型結合
 
\[\boldsymbol{w}=\alpha\boldsymbol{u}+\beta\boldsymbol{v}\]
をつくったとき、$\boldsymbol{w}$ もまた集合 $\mathbb{R}^2$ の元 (要素) となっています ($\alpha,\ \beta$ は実数)。すなわち、$\mathbb{R}^2$ の元は加算とスカラー倍によって $\mathbb{R}^2$ の外に出ることはありません。

 Python 線形代数 ベクトル空間(平面内のベクトルは線型結合で平面の外に出ない)

 このように、あるベクトル集合 $V$ について、和とスカラー倍の 2 種類の演算が定義され、それらの演算について集合 $V$ が閉じているとき、すなわち
 
\[\alpha\boldsymbol{u}+\beta\boldsymbol{v}\in V\]
が成り立つときに、集合 $V$ を ベクトル空間 (vector space) または 線型空間 (linear space) とよびます。厳密にはベクトル空間であるためには全部で 8 個の条件を満たす必要があります。気になる人は、このページの最後に載せている補足記事を確認してください。

 平面上の格子点 $\boldsymbol{u}=\begin{bmatrix}i\\j\end{bmatrix}$ の集合 $V$ はベクトル空間ではありません ($i,\ j$ は整数)。
 
 和については閉じていますが、スカラー倍については閉じていないからです。
 
 たとえば、ベクトル $\boldsymbol{u}=\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}$ にスカラー $0.5$ を掛けると、$\boldsymbol{u}=\begin{bmatrix}0.5\\0.5\end{bmatrix}$ となって、

もとの集合からはみ出してしまいます。
 

2次以下の多項式の集合

 $n$ 次元空間 $\mathbb{R}^n$ がベクトル空間であることは、ほとんど自明ですが、$\mathbb{R}^n$ 以外にもベクトル空間は存在しています。たとえば、$2$ 次以下の多項式
 
\[P=ax^2+bx+c\]
の集合 $V$ はベクトル空間です。この集合にはすべての放物線 ($a\neq 0$) と直線 $(a=0,\ b\neq 0)$、そして点 $(a=b=0)$ が含まれています。$a_1x^2+b_1x+c_1$ と $a_2x^2+b_2x+c_2$ の線型結合をつくってみると、
 
\[\begin{align*}&\alpha(a_1x^2+b_1x+c_1)+\beta(a_2x^2+b_2x+c_2)\\[6pt]
&=(\alpha a_1+\beta a_2)x^2+(\alpha b_1+\beta b_2)x
+(\alpha c_1+\beta c_2)\end{align*}\]
となって、$V$ の元であることがわかります。たとえば基底として、
 
\[\boldsymbol{e}_1=x^2,\quad \boldsymbol{e}_2=x,\quad \boldsymbol{e}_3=1\]
をとれば、ベクトル空間内の任意の点 $\boldsymbol{z}$ を線型結合
 
\[\boldsymbol{z}=p\boldsymbol{e}_1+q\boldsymbol{e}_2+r\boldsymbol{e}_3\]
によって表すことができます。これは何も特別なことを表しているわけではありません。2 次式をどのように足し合わせようとも 3 次式にはなれないという当たり前の事実を示しているに過ぎません。$x^2+x$ と $-x^2$ を足すと $x$ になるように、多項式の次数が下がることはありえます。同様に考えて、$n$ 次以下の多項式の集合もベクトル空間であることがわかります。
 

[補足] ベクトル空間の公理

 集合 $V$ の元が以下の公理系にしたがうとき、$V$ をベクトル空間と定義します。

 [1] $\boldsymbol{u}+(\boldsymbol{v}+\boldsymbol{w})$

 [2] $\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}=\boldsymbol{v}+\boldsymbol{u}$

 [3] $\boldsymbol{u}+\boldsymbol{0}=\boldsymbol{0}$ となる $\boldsymbol{0}$ が存在する。

 [4] $\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}$ となる $\boldsymbol{v}$ が存在する。

 [5] $a(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v})=a\boldsymbol{u}+a\boldsymbol{v}$

 [6] $(a+b)\boldsymbol{u}=a\boldsymbol{u}+b\boldsymbol{v}$

 [7] $(ab)\boldsymbol{u}=a(b\boldsymbol{u})$

 [8] $1\boldsymbol{u}=\boldsymbol{u}$